お祭り(うなごうじ祭)に想う

2007年04月10日

  
お祭り(うなごうじ祭)を終えて東京へ戻って来た昨日は、まるで夢でも見ていたかのように過ぎ、
今日になって疲れが出たのか筋肉痛と頭痛に苦しみながら仕事を終えました。
青年らと比べると大したことはしていないのに、歳をとったのかと少し悲しい気分になってます(苦笑)

  
大山車2007.jpg
~大山車です~
 
今年のお祭りが終わりました。
いろいろな事情があり、今年は生まれて初めて(お手伝いとして)宵・本祭りの2日間とも大山車に乗りました。
  
「大山車に乗る」というのは、大変に名誉なことです。
だからこそ、普段牛久保で生活をしていない私の気持ちは複雑でした。
最初はその場にいることさえも、
そして踊る子どもたちの足を持つのも、いきなり立場が一番下になってしまった宴会も必死でした。
それでも大山係の皆さんに助けていただき、なんとか無事に役割を務めることが出来ました。
大山車に乗っていないときは、
町内の皆さんや、OBのみんな、青年や他町内の人たちと盛り上がりました。

  
今までに観たことのない景色を、たくさん見ることが出来ました。
本祭りのお昼に、車の中にひらひらと舞い込んで来る桜の花びら。
神事「三ッ車」の前に渡りが出た後の、八幡社前に集まった人たちの一瞬の緊張感。
そして「三ッ車」が始まり、ダシの桐だけが大山車から見える様子。
「日本って美しい」「牛久保でお祭りが出来て良かった」
心からそう思った瞬間でした。

  
三つ車直前2007.jpg
~三ッ車直前の緊張の一瞬です!!~
  

宵祭りの夜は、毎年恒例の同級生「さわやかイレブン」の宴会でした。
お祭りを卒業してもう9年になります。
それでも同級生全員が集まり、さらには近くの年代の仲間も加え、19名での大きな会になりました。
そしてこれも毎年恒例、「盛り上がらなくていい」宴会です(→こんな「宴会」ってないですよね~)
お祭りを通して気持ちを分かち合った仲間と、だらだらと至福の時を過ごしました。
どのくらい至福だったかというと、私が皆で写真を撮るのを忘れてしまったくらい…。
また来年の開催を約束して、深夜に別れました。

  

  
ふと思ったことがあります。
我々はお祭りを通して、今でも繋がっているということ。
  

そしてそれは、決して今を生きる我々だけではなく、
昭和・大正・明治・江戸を牛久保で生きた方々とも、お祭りを通して繋がっているのだと思います。
「例年通り」の言葉のもと、お祭りの大きな部分は継承されてきているのです。
「牛久保」の今における横の繋がりと、時を越えた縦の繋がり。
それを繋ぎとめているものこそ「うなごうじ祭」であり、
だからこそ牛久保人である我々は、これからもお祭りを大事にし続けていかなければならないのだと思います。
  
  



同じカテゴリー(日記)の記事画像
お祭りを終えて
《発表》勝手に男弁当グランプリ!【タイガー】
不ケータイ電話
タイガーnow!
どすごいブログへの想い
走り終えて
同じカテゴリー(日記)の記事
 お祭りを終えて (2011-04-12 01:14)
 《発表》勝手に男弁当グランプリ!【タイガー】 (2011-03-04 22:03)
 不ケータイ電話 (2010-06-23 15:39)
 タイガーnow! (2010-03-30 19:24)
 どすごいブログへの想い (2010-03-30 11:58)

Posted by タイガーあきよし at 23:58 │日記