ぶらり岐阜
2013年01月02日
新年は、
仕事や用事がなければ、好んで外に出るようにしている。
昨年は、湯谷温泉。
一昨年は、静岡。
それより前には、奈良、三島、横浜、多摩ニュータウン 等々。。。
(そんなに遠出ではない。苦笑)
そして、今年選んだ街は、
「岐阜」(Gifu)
かつては斎藤道三が、そしてその後に織田信長が攻略し支配した地である。
そもそも「岐阜」という名自体が、信長が支配した際に付けたものだ。
(それ以前は「井ノ口」。この時に「稲葉山城」は「岐阜城」に、「稲葉山」は「金華山」に変更された)
その信長が、眺めたであろう岐阜城からの景色を、
そして付け加えるなら、学生の頃から噂に聞いていた金華山の夜景を見たかった。。
昼過ぎに家を出て、15時半には岐阜公園に。
冬季は最終の帰りのロープウェーが17時であること、
さらに山上の岐阜城には16時15分までに入場しなければといけないことを聞き、
急ぎロープウェーに乗り、小走りで山道を登り、お城に入る。
そこから見た景色。
~クリック!~
満足をした後で、岐阜駅前に移動し、
街を散策。
~信長が進めた楽市楽座の発祥とされる~
~信長の看板~
~信長バス~
~黄金の信長像~
街は、信長で溢れていた。
愛知県民の私から見れば、
信長は「尾張」「清州」のイメージが強いのだが、
1567年の入城から、1579年に安土に移るまでの約12年もの間、
信長の本拠地はこの「岐阜」にあった訳で、
(その間に、「楽市楽座令の発布」「天下布武の表明」「足利義昭を奉じて上洛」、さらには「姉川の戦い」「長篠の戦い」が行われている)
そう考えると、家康における「三河」「岡崎」と「浜松」「江戸」「静岡」との関係と同様、
出身地を超えたその影響力の広さや大きさを、強く思いました。
しかし、
JR岐阜駅前にあるこの黄金の信長像の対面にあるイルミネーションには、
多くの人が立ち止まり、写真を撮ったりしているのに、
信長像の前は、しーん。
「ぬおおおおおおおっ、お主ら、よくもこの信長をないがしろにっ!!!!!」
なーんてことを、ちょっと想像してしまいました(笑)
それにしても、
岐阜に来たからこそ、
感じることが出来た、この街の雰囲気。
旅行というよりは、遠足のような時間でしたが、
元日の1日を楽しむことが出来ました。
改めまして、タイガーマニアな皆さん、
新年明けましておめでとうございます。
本年も、この『タイガーマニア』では、
こんな風に、私が見たり聞いたり感じたことを、
気楽に綴らせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
【おまけ】
ただ柳ヶ瀬だけは、
今日で無い方が良かったような、気がしました(笑)
Posted by タイガーあきよし at 22:03
│ひとりごと