最後の最後の挑戦
2009年07月31日
確かに、子どもの頃みたいに、世界が明るくなった気がした。
「4段」以降となる、7月の最後の最後の挑戦として、
人生初となる「コンタクトレンズ」を購入!!
でもその効果は分かっても、
やっぱり目に入れるのが、怖くて、痛くて、なかなか入らなくて…
そういえば
2009年07月28日
以前に、このブログ『【tigermania】』は、
ケータイでもiPhoneでもご覧いただけることをご案内いたしましたが、
反転部分をクリック!!
すると、You Tubeに飛びまして~、
キョンキョンが歌い始めます☆☆
…
豊橋ell.KNOTにて
2009年07月26日
流星会の仲間に声をかけてもらって、
彼のバンドが出演するライブを観に行った。
久しぶりのライブ、初めての豊橋ell.KNOT(エルノット)である。
時間の関係で、彼らを含めた最初の3組しか見られなかったのだが。
勿論、楽器が出来ない私から見れば(→昨年のことが懐かしい…)、
彼らも尊敬し得る程に上手であったが、
それでも、それ以上に心が引き付けられるようなバンドもあり、
いったいその違いは何なのだろうと、途中考えていた。
それは突き抜けた感であり、
ボーカルの女の子の声や、激しい体の動き、
そして周りの男性メンバーの演奏、トーク、告知など細部にいたるところの。
趣味としてではなくメジャーを目指して各地を回る、「懸けているもの」が違うのだと思った。
その違いが、バンドのあらゆる質を高め、
その質の高さに、我々は心を動かされるのだろう。
「あきらめなければ、夢は叶う」って、言ってたもんなぁ。
今日ここで、この言葉を聞くとは思わなかった。
仲間とは、その違いを「2段と4段との違いだね~」なんて、剣道繋がりの話をして笑ったが。
でもあながちただの冗談ではなくて、
私自身は、彼らのように、(機会に対して)積極的な剣道をしていきたいと本当に思ったし。
そしてそれは結局のところ、
バンドでも、剣道でも、授業でも、仕事でも、同じことなのだと思った。
とても良い刺激を受けたライブだった。
ステーション
2009年07月24日

名鉄八幡駅そばの、「停車場」の名を持つスナックに飲みに行った。
豊川に帰ってきて以来、ずっと行きたかった所なのだが、
とはいえ、仕事がきちんと決まるまでは行けるはずもなく…
今夜晴れて友と4人で繰り出すこととなった。
ここではいろいろなことがあった。
若かりし頃、お祭りの先輩に連れてきてもらった、私にとって初めてのスナックでもある。
当時はまだ「スナック」という、大人の響きに酔っていた。
その後も、お店に来るときは、お祭りの練習期間中がメインではあったが、
お祭りを語り、
皆で飲んで踊って、大騒ぎをし、
時に酔いつぶれ、
お店の皆さんにもとても良くしてもらって、
私の20代を共に過ごした場所であった。
お祭りを卒業し、30代に入り、仕事に忙しくなり、
さらに豊川を離れてからはなかなか来れなくなってしまったのだが…
かつてのお祭りの同級生とのお酒は、やはり昔に戻ったみたいだった。
今日もまた、とても気持ちよく飲んで、唄って、そしてタクシーで帰ってきた。
私にとっては、心の「停車場」とも言える場所なのである。
最後の大会
2009年07月23日
教員である妻が顧問をする、中学生の試合を見に行った。
中3生にとっては、「最後の夏の大会」である。
彼女らは、見事予選リーグを突破したものの、
決勝トーナメント初戦で、優勝した豊橋の強豪校とあたり、
県大会出場の夢はかなわず敗退してしまった。
トーナメント抽選の際に、(強豪校との対戦を)「あぁ~、引いてしまった~!!!」という、
キャプテンのチームメイトに対する申し訳なさそうな表情が印象的だった。
それもまた、青春である。
試合を見ながら、思い出した。
私の中学の「最後の大会」は、東三(=東三河)大会1回戦敗退であった。
それまで1度も勝てなかった高師台中に、先鋒・次鋒(私)が勝ち、最後に勝てるかと思いきや、
後ろの三人が取り返されて見事に散った。
(その高師台に今は練習に行っているのであるから、不思議なものである)
そして、中学生の剣道を見ながら考えた。
とても強い子がいる。きっと高校に行っても(大学生になっても)強くあり続けるだろう。
それに対して、今はパッとしない子も多い。
でも今後の、新たな先生・仲間との出会いや環境の変化で、強くなっていくかもしれない。
なぜなら「今はパッとしない」なんて言っている私こそ、1回戦敗退のパッとしない中学生だったからである。
(勿論、全然まだまだであることは、付け加えておく)
だから、今の自分に諦めずに、
私は高校生になっても剣道を続けてほしいと、中3生に思うのである。
そして指導者としては、
彼らの可能性を、引き出してあげたいのである。
皆既日食
2009年07月22日
46年ぶりの皆既日食は、NHKテレビで見ました(笑)
日食というのは、言うまでもなくただ「軌道上、太陽が月に覆い隠される」という現象であり、
それがいつなのかも気に掛けなかったくらい、私は関心がなかったのですが、
お隣さんのご婦人が日食グラスを片手に太陽を観ているのを覗かせてもらったり、
テレビで、昼なのにも関わらず夜のようにだんだんと暗くなっていく独特の雰囲気を観て、
「あぁ私もその場で味わってみたいなぁ」と思いました。
気づいた時には、もう遅かったです(笑)
ちなみに、かつてあの邪馬台国の卑弥呼も、西暦248年におこったこの皆既日食を機に殺されたのだとも言われます。
次の皆既日食は、26年後の2035年になるとのこと。
その時は、この日のことを思い出しながら、生で見てみたいものである。
はじめまして
2009年07月22日
「とよはしブログ村」という集いに、初めて参加しました!!
ご存知の通り、ブログを書き続けてはいるものの、
今まで「ブログ繋がり」というものを持ったことがなく、
同じようなブログ好きな方と話が出来たらいいなぁと、そう思ったからです。
初めてお会いする方ばかりで、(人見知りをする)私は緊張しっぱなしでしたが…
それでもブログに関する今まで知らなかったことを教えていただいたり、
新たな出会いを、楽しむことが出来ました!!
予定があったため、夜の部は参加できませんでしたが、
それはまた次の機会にとっておこうと思います(笑)
今日はありがとうございました。
~牛乳もごちそうさまでした~
豊橋祇園花火
2009年07月21日
4段に向けた合宿の最中ではあったのだが、
中日(なかび)のお休みと称して、豊橋の祇園花火だけは見に行った(笑)
東京にいた時、その前もTEPに在籍していた時はずっと仕事で行けなかったので、
9年ぶりになるのだろうか。
私はこの祇園の花火が大好きなのである。
多くの人が集まるが、決して多過ぎない観衆。
コンクールという形式の、盛り上がる花火の競い合い。
空だけでなく、水面にも映る花火。
思い出とともに、開いてはまた消えていく。
今年もまたとても美しかった。
【おまけ】
その余韻で、妻と少しだけ飲みました(→飲みすぎ?)
挑戦の結果
2009年07月20日
私の新たな仕事が始まるまでの最後の挑戦は、
日本ガイシスポーツプラザで行われた、剣道4段の審査であった。
3段合格から11年の時を経て、初めての挑戦である。
締切日ギリギリに意を決して申し込んでからも、
ただでさえ苦手な上、さらに新たな形(小太刀三本)が加わる剣道形に特に苦しみ、
何度もあきらめてしまいそうになった。
(当日の欠席も考えたことがあった…)
でも、今日の審査会までの4日間は、かつての大学の合宿をイメージし、
計画を立て、多くの人に稽古会等で教えていただいたり、DVDを見て勉強したりして、
とにかく剣道に浸かりやれることはやって審査に臨んだ。
県下約180名の受験者。審査は、形→実技→(形・実技の合格者のみ)学科と進んでいく。
まずは形の審査において、最後までやり切ったことに、ホッとして少し満足した。
途中で忘れたり大きなミスをしたりして、相手の方に迷惑をかけなかったからである。
そして、ここまでやれたことで挑戦しなかった時よりも間違いなく成長できたし、
もしダメでも、その分また稽古をする機会ができると考えたからである。
そう思ったら、残る実技は、二人の方とただ思いきりやるのみであった!!
そして結果は。。。
「合格」
やはり嬉しかった。
今までも剣道の審査会で、思うようにいったことって、あまりない。
多くの焦りや緊張を乗り越えて得た、この結果である。
「やって良かった!!!」
素直に、そう思った。
そしてもう一つ思ったのは、
「運が良かった~。」
ということ。
実技においても、相手の剣風や打ったタイミングなど、本当に紙一重でたまたまである。
私はまだまだなのである。
だから私は本当の4段になれるように、もっともっと稽古を重ねていきたいと思う。
きっとそうすることで、4年後に受験資格を得る次の5段も見えてくるのだろう。
最後に、
前日の夜のみならず当日朝まで形の練習に付き合ってくれた妻に、
あまりの出来なさに驚きながらも丁寧に指導してくださった高師台の皆さん(小松さん・瀧貞さん・薗田さん・山本さんら)に、
形に稽古に今回は受験しないのにずっとマンツーマンで伴走してくれたしみはんに、
改めて感謝したい。
夜は妻と、豊橋・昭和食堂で一杯。
今日は酔っ払いました~(笑)
新たな仕事
2009年07月16日
内定をいただいてた会社と、入社に向けた手続きを行いました。
いよいよ8月から、豊橋・ココラフロントにて勤務をしていくことになります。
どちらかというと、今までにもいろいろなことをしてきているとは思いますが、
今後の自分の人生を展望すると、
おそらく私が「勤める」(お世話になる)という点では、最後の企業になると思います。
多少の紆余曲折はありましたが、「行きたかったところにいけること」に感謝したいです。
とりあえず今日は、今までご心配をおかけした皆さまに?、ご報告まで。
詳しくは後日、改めて伝えさせていただきたいと思います。
未来義塾×タイガーあきよし
2009年07月15日
未来義塾の高校進学説明会に、守田先生のサポートとして参加した。
サポートの名の通り私の役割は、
会場の設営や管理、生徒や保護者の皆様のご案内、そして最初と最後の挨拶とメッセージだけであったが、
本日の会全体を通して、
「入試のしくみ」が分かり、受験生となる皆が自分の夢や目標に向かって走り出し走り続けるきっかけになれば、
本当に良かったと思う。
それにしても、守田先生が開始15分でメガネを取られたのには驚いたが。
送る
2009年07月13日
昨年度より、母校の剣道部OB会の事務局を務めていることは、
ブログにも書いている通りである。
今年も8月9日(日)に実施される、会のご案内の作成とその発送作業を行った。
おそらくもうOBの皆様の手元に、届く頃である。
でも実は、この作業というのは決して楽ではなく…
そんな時には、出欠席の状況と共に返信用葉書に添えられる皆さんのメッセージを楽しみに、頑張った。
また、実は会当日に新たな試みをしていきたいと考えており、そのため葉書の構成を少し変更している。
チャレンジをしていくのが、私の役割である。
とにかく、ますはきちんとご案内を送ることができて、ホッとした。
そして、私自身今年は出席できることが分かって、ホッとした。
OBそして現役の皆さんと共に、楽しい1日にしていきたいと、
強く思っている。
再会のビアガーデン
2009年07月12日
夏のビアガーデンが好きである。
学生の頃は、豊橋西武の屋上によく行った。
今夜は豊橋丸栄のビアガーデンで行われた、お祭り青年のOB会に参加。
久しぶりのビアガーデンであった。
途中、隣に座っていた後輩が声をあげた。
「えぇ、マジ~!! びっくりした!!!」
聞けば、料理を運んできてくれたのは、彼が高校生の頃に付き合っていた女の子だという。
「おぉ~、再会のビアガーデンだねぇ。」
彼の気持ちを思い、ジョッキ片手に笑った。
実は、次は私の番だった。
「あ、先生~。」
…
もしも「公」の場と「私」の場があるとするのなら、今日は間違いなく「私」の場であり、
かつての仕事の立場で呼ばれると、酔いが醒めてしまうことがある。
~皆に声をかけてもらって、久しぶりに出ました!~
どこにいても、やっていることは変わっても、
自らの夢や目標を大切に、お互いに頑張っていきたいね。
ぼく大久保
2009年07月05日
身内の話ではあるが、
私は妻との約束の中で「3ヶ月に1度、(今まで仕事をしていた)東京へ行ってもよい権利」というのを持っている(笑)
7月に入ったのを機に、また早速その権利を使わせていただき、
東京へ向かった。
とはいえ、今回は正確には千葉・習志野―。
着いたのは、京成大久保駅。
4年もの間東京にいたとはいえ、初めての街。
そして、かつて同じチームで仕事をした先輩が主催する研修に参加した。
~クリックしてみてください~
研修の内容は、もちろん詳しくは書けないけれど、
課題に対して具体的な行動(100ワザ)が提示されるため、確かに改善のスピードが早くなると思ったし、
今まで仕事を通して実践してきて、でも最近忘れつつあったことを思い出す機会にもなった。
私自身の気づきも、今後きちんと行動としてやり切って継続していかないといけないね~。
それにしても思ったのが、
目の前に遠間さんがいて、
そして共に参加したメンバーも縁のある方が多くて、
とにかく昔に戻ったみたいだった。
あまりにもその空間が懐かしくて嬉しくて、
またもや帰りの新幹線はヘロヘロになって帰ってきてしまいました。
個々を取りまくいろいろな状況はもちろん変わっていくけれど、
変わらない「思い出」は、やはり大切にし続けていきたいと思う。
あとどうでもいい話ですが、表題の「ぼくおおくぼ」は、回文になってます。
一挙公開!!
2009年07月04日
今までずっとやりたかったことを、遂にやり終えることが出来た。
今年4月よりスタートさせた現行のシーサーブログでの『【tigermania】』への、
過去の記事の完全移植である。
しばらくの間時間のある限り行っていたので、作業を進めていることに気づいた方も多いかもしれない。
東京での仕事のことも、
入院をしたことも、
転職をしたことも、
結婚をしたことも、
豊川に帰ってきたことも、
※閲覧には、よりスピードの速いブラウザをお勧めいたします。
…
大いなる自己満足である(苦笑)
でも自分のやりたかったことをやり切ったという充足感は、
やはり大切にしていきたいものである。