記録更新?
2008年02月29日
22時30分に大泉学園での仕事を終え、
22時55分 練馬から「ほの国号」に乗る。
朝5時6分 豊川「心道教前」着。
そして朝9時15分 JR牛久保駅より、
飯田線・新幹線・山手線・西武池袋線を経由し、
13時より大泉学園での仕事に臨む。
豊川での滞在時間、わずか4時間(⇒最短記録!?)
その価値:priceless。
都立合格発表の日
2008年02月28日
都立高校入試合格発表の日―。
発表にあわせて、また とある高校にビラ配りに行ってまいりました(笑)
いつもより早い時間に起きて移動をするのは大変ではあるけれど、
いろいろな街に行けるのは楽しいです。
今日は、都内らしからぬ、のんびりした所でした。


嬉しいのは、
発表と同時に「わぁ~っ!」と湧きあがる歓声。
そして合格という目標を果たした、素敵な顔を見られること。
もちろん全然知らない受験生であり、一人ひとりの背景までは分からないけれど、
彼らが彼らの望む高校生活を過ごすことが出来るといいなぁと思います。
あと嬉しかったのは、持っていった全てのビラを配ることが出来たことかな~(笑)
学ぶとは
2008年02月27日
「学ぶとは心に誠実を刻むことであり、教えるとは共に希望を語ることである。」
私がこの言葉を初めて聞いたのは、TEPの金子先生からだったと思う。
その後東京へ来て、再びこの言葉に出会う。
ベンチャーリンク・グループ(VLG)の理念の一つであったからである。
フランスの詩人アラゴンによるものだと知ったのも、この頃だ。
しかし私は長い間、この言葉の意味が分からなかった。
「学ぶことが、なんで誠実と関係があるんだろう?」
まるで実感が無かったのだ。
転職をし国語を担当するようになって、心に響くようになった。
恥ずかしい話であるが、昔と違ってなかなか覚えられないのだ。
勉強したことが頭に入っていかない。
そして覚えても、またすぐに忘れてしまうのだ。
とても悲しい気持ちになる…。
それでも高校生に授業をするために、学ぶ。
忘れても忘れても、学ぶ。
悲しい気持ちに負けないで、学ぶ。
そんなときに、ふと思い浮かぶのだ。
「学ぶとは心に誠実を刻みこむこと」なのだと。
心が鍛えられる。
そして誠実にならなければ、学ぶことなど出来ないとさえ言える。
今の私と同じような悲しい気持ちを、高校生たちも感じる時があるのではないか??
今日、渋谷での最後の高1の授業。
授業の最後に送ったのは、この言葉でした。
共に希望を語ることの出来た時間であれば良かったと、そう思っています。
『耳をすませば』つながり
2008年02月26日
先日、テレビデオで「NEWS ZERO」を録っておいたつもりが、
再生すると『耳をすませば』が流れたのには、少し驚いた。
どうやら金曜ロードショー で、放映されていたらしい。
私はこの映画が大好きで、今までに何度も観ている。
でも不思議と今回は、『耳をすませば』をさほど欲していなかった。
それは私自身が、物語に出てくる誠司や雫と同様、いま夢に挑戦している感覚を持っているからかもしれない。
(とはいえ、きちんと最後まで見ましたけどね…)
話はそれで終わらない。
昨日、意外な方とこの映画の話で盛り上がった!!
守田先生、だから前からいいって言ってたじゃないですか~(笑)
さらには、いまU子さん はカンボジアで「カントリーロード」を子どもたちと歌おうとしている。
私も今日の授業の雑談で、少しだけ『耳にすませば』の話をした。
『耳をすませば』つながりで、人の輪がどんどん広がっていく。
まさに『ペイ・フォワード !!! 』って、それはもう違う映画ですね(笑)
夢中になる
2008年02月25日
新たにパワーポイント2007をPCにインストールして、
久しぶりにスライドを作っている。
前職時にあれほど苦しんだパワーポイントだが、そのおかげで今もこうして使うことが出来る。
ありがたいことだと思う。
最初こそ2003との違いにとまどったが、慣れてくると使いやすいかも。
完成のイメージが出来たので、今日は気持ち良く終了~。
それにしても、19時ころから作り始めて今はもうすぐ朝の3時。
いちど集中し始めると時を忘れて没頭できるのは、
私の強みであるが、弱みでもある…。
早く寝なくちゃ!!!
ひとりで2
2008年02月24日
先日書いたブログに対して、若大将☆ゆみこさんからこんなコメントをいただいた。
「私も好きです!お一人様☆ でも…カラオケだけ一人では入れません」
カラオケかぁ…
そういえば、久しく行ってない。
時間がないからか、
友達がいないからか、
歳をとったからか、
おそらくその全てが理由だと思うけど(苦笑)、とにかく行ってないのだ。
そこで、確かに少し迷ったけれど、「ひとりで行けないとこは何もない」と言った手前もあり、
カラオケに行ってみようと思った。
「迷ったら、行っとけ」というのは、私の不文律である。
久しぶりのカラオケ。
部屋に入って、やっぱりひとりだと寂しい(笑)
声も全然出ないし、歌ってる途中で疲れてしまうし。
でもお祭りや学生の頃、またはかつての仕事仲間と、あんなに多く歌って踊ってた時のことを思い出すことが出来て、
それはそれで懐かしかったし楽しかったのです。
そう、カラオケの選曲にはその人の過去というか、生き様が出ますよね。
(カラオケだけではありませんが)
ちなみに今日の1時間で私がエントリーしたのは、以下の6曲でした。
① いつまでも変わらぬ愛を(織田哲郎)
② 壊れかけのRadio(徳永英明)
③ そして僕は途方にくれる(大沢誉志幸)
④ 風に吹かれて(エレファントカシマシ)
⑤ 19のままさ(浜田省吾)
⑥ 涙2(爆風スランプ)
う~ん、懐かしの80~90年代(笑)
思わず会員カードも作ってしまいましたので、
皆さんもし浅草に来られた際には、私と歌いにいきましょう☆
~ひとりカラオケの先輩でもあります~
鳴かぬなら
2008年02月23日
ものすごい風が吹いた今日、
後からそれが春一番であったことを知った。
電車を待つ夜の駅のホームで、春が近づいているからだろうか、こんなことを考えた。
「鳴かぬなら」で始まる、ホトトギスを詠んだ三つの句がある。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
「鳴かぬなら 鳴かしてみせよう ホトトギス」
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
ご存知、それぞれ信長・秀吉・家康の作だと言われるものである。
おそらく彼等の性格をイメージして後世の人が作ったものだと思われるが、
いい得て妙だったからこそ、今に伝わっているのだろう。
そして「鳴かぬなら」の後、「ホトトギス」との間に何の言葉を繋げるか?
意外とその人らしさ出るのだ。
さて皆さんなら、何と繋げますか???(笑)
わたしは、こんな風に考えました…
「鳴かぬなら いっしょに鳴こうよ ホトトギス」
ホ~ホケキョ。
ひとりで
2008年02月20日
ひとりで外で食事をすることって、
出来る人と出来ない人がいるように思う。
でも本当は出来る出来ないではなく、
好きか嫌いかであったり、また食べるものによって違うのかもしれない。
私は、ひとりで平気で行く人である。
ラーメンやカレーはもちろん、飲み屋も、びっくりドンキーも。
そして今日は仕事を終えた後、ひとりで焼肉に。
四人がけのテーブルにひとり座り、網にカルビとホルモンを載せる。
もうひとりで行けないところは、何もないね~(笑)
既に異動の内示が出ており、3月からは渋谷勤務ではなくなりそうです。
焼肉の後、あとわずかとなった深夜の渋谷を、少し歩いて帰りました。
ぶらり上野
2008年02月19日
なまじ近いが故に、今までなかなか行かなかった上野を、
今日は朝から歩きました。
【湯島天神】
湯島と言えば、湯島天神に湯島聖堂、昌平坂学問所と、学問の地でもあります。
高校を卒業した年に、ここにお守りを買いに来たことがありました。
あれから20年近くが経とうとしています…。
【東京大学】
生徒が目指している東大に、初めて入りました。
写真は学生運動時の映像によく出てくる有名な安田講堂です。
そういえば、小学校の時にやっていた卓球の私のサーブの名は「東大一直線サーブ」でした(笑)
あの頃の高い志を持ち続けていれば、私の人生はまた違ったものであったかもしれません。
【弥生美術館】
大正時代に活躍した画家である竹久夢二や高畠華舟の作品に接することが出来ました。
時を越えて、素敵な作品だと思います。
【弥生式土器ゆかりの地】
それにしても、なぜ「弥生」美術館なのか?
それはこの地の名が「弥生」だからです。
ということは、
もしもこの地名が「牛久保」なら、ここから出土した土器は「牛久保式土器」なんて言われ、
縄文時代の後の時代を「牛久保時代」なんて呼んでいたのかもしれません(笑)
ひとつの時代のもとになった場所なのですね。
そして上野公園へ。
この上野公園の中に、上野動物園も東京国立博物館も東京芸術大学も、その他多くの美術館・博物館があります。
改めてとても巨大なことに気付きます。
しかしその多くの施設は開いていませんでした。
今日は月曜日…。
公園の東隅にひっそりと存在する東叡山寛永寺。
ここはかつての徳川将軍家の菩提寺でもあります。
そう、今の上野公園一帯は、江戸時代は全て寛永寺の境内でした。
明治維新時、新政府軍の攻撃により彰義隊と共に焼けた寛永寺とこの上野の山を、
新政府は没収し公園にしたのです。
【西郷隆盛像】
公園を下りる私を、西郷隆盛が見送ってくれました。
後にこの西郷もまた政府軍と戦い敗れていきました。
歴史の因縁を感じずにはいられませんでした。
それにしても、想像以上に奥が深かった上野…。
近いうちに、また行ってみたいと思います!!!
追い込まれたときに
2008年02月17日
急に思ってもないことが降ってきて、追い込まれるときがある。
事故のため遅れることが分かった世界史の先生の授業を、
急遽担当することになった。
目の前には知らない生徒がすでに座っている。
さて、何を話そうか…。
小さく深呼吸をして、
私は、私が考える世界史の面白さについて話をしていこうと思った。
「歴史があって今がある」ということである。
そこで、なぜ今朝鮮半島は韓国と北朝鮮に分かれているのか、なぜ中国と台湾は対立しているのかを、
第2次世界大戦前後の世界情勢から話をしていった。
そこへ先生が到着された。
いつの間にか私は熱くなっていた。
追い込まれたときに、自分の原点が出たような気がする。
追い込まれたときに出るものが、結局はその人の本物であるような気がする。
決してものすごく多くは望まないんだけれど(笑)、
時には追い込まれ、時にはあえて自分を追い込み、
まだ知らない自分自身を見つけていきたいと思っています。
よい子のアルバム
2008年02月15日
驚いたのは、
子どもの頃の写真がこんなにもあったこと。
そして、子どもの頃の俺があまりにも可愛かったこと(←親ばか? いや俺ばかです)
~ね、しかも結構おしゃれでしょ?~
今の私たちよりも若い父母がアルバムには写っていて、
また今はもう会えない祖父母やおじちゃんおばちゃんとも会うことが出来て、
時の流れを感じ、
愛を感じ、
アルバムっていいものだなぁって、そう思いました。
偽善も、また善である。
2008年02月12日
あの雪の降った寒い日の夜、 身体の芯から冷えて帰る途中、
マンションまであと少しという浅草ビューホテルの脇の道に、財布が落ちていた。
正直言うと、
その瞬間さまざまな思いが、頭の中をよぎった。
「嫌なものを見てしまった…」
「そのまま見て見ぬふりをして帰ってしまおうか。寒いし。もう遅いし。」
恐る恐る財布の中を見てみると、さまざまなカードと1万5千円ほどの現金。
少額ではないが、決してものすごく大きいという訳でもない。
「お金だけ抜いて、財布だけ置いておこうか…。」
あぁ俺の本当のところはそういう人なんだろうなぁって、改めて気付く。
でも、私自身もかつて財布を落として困ったことや助けてもらったこともあったので、
どうすれば落とした方の手元に確実に戻るか最善の方法を考えて、
結局今まで歩いてきた道を10分ほど引き返し、交番に届けた。
(一応落とし主が現れなかったときの権利だけは申請しておいた。笑)
今日、新幹線の車中で、見知らぬ番号からの電話が鳴った。
「お財布を…、ありがとうございました。」
手元に戻って良かったと思ったし、何より気持ちが良かった。
いろいろな思いはあったが(苦笑)行動して良かったと、そう思った。
私たち皆が行動をしていくことが出来れば、世の中は本当に良くなっていくかもしれない。
雪の大泉、雨の浅草
2008年02月09日
寒がりやの私だが、
東京へ来て今まであまり寒いと感じたことがなかった。
それがたまたま暖かい街にいただけだということを、
今日強く実感した。
今日も大泉を出るとき、一面に降り積っていた雪。
地下鉄の駅を下りた浅草では、雪なく雨が降っていた。
同じ東京でも、こんなにも違うのだなんて。
初めて
2008年02月08日
いよいよ新たな校舎での授業が開始した。
当たり前ではあるが、
生徒にとっても私にとっても、初めての校舎、初めての教室であり、
初めての出会いである。
「初めて」というこの独特な感じが、なにかくすぐったい。
そんなことを書いてるけど、授業は私らしく少し緊張をして、
90分間「古文の動詞の活用の種類と活用形」について語りました。
(→今日は国語の授業でした)
~確かに板書内容は国語です(笑)~
今まで幸いにも新しい教室に入らせてもらうことは多かったけれど、
その中で最も印象深く残っているのは、形原教室のときである。
絶対に失敗は許されない、当時の室長からのプレッシャー。
新しいが故になかなか消えない黒板。
初めての授業の日、2コマ目に私が教室に入ると、
黒板いっぱいに書かれた「康」という字が、消えずに残っていた。
タイマー
2008年02月04日
もっと残り時間というものを意識できるように、無印でタイマーを購入した。
なんとなく過ごしがちな時間をなるべく無くし、
自分の組んだスケジュールに沿って今を全力で生きれるようにしたい。
あれは幼稚園のころだったか、かつてどこかのお寺で聞いた話を思い出した。
人の命はあの並んでいるロウソクのようなものだよと。
長さも太さも燃え方もそれぞれ違うよね。まだまだ残っていても風が入って炎が消えてしまうかもしれないよ。
顔の知らない大学の後輩が、事故に合ったことを知った。
突然の風が消してしまったのかもしれない。
人生とは、時間である。
私のタイマーの残り時間がどれだけあるかは分からないが、
出来る限り丁寧な時間の使い方をしていきたいと思っている。
何でもやりますよ~
2008年02月03日
昨日の海城中に引き続き、今日は武蔵中学校の合格発表。
それに合わせて、朝から校門前でビラ配りを行いました。
もう、何でもやりますよ~(笑)
それにしても、今日はなんと雪!!!
身体の芯から冷えるし、
保護者の方の両手は荷物と傘でふさがってるし、
多くの競合他社の皆さんをどこかで意識しながら、
頑張って声を出し続けました。
でも、ビラをもらっていただくのにも戦略ってありますよね。
私の立ち位置や格好、かける言葉、声の大きさ、ビラの形態等々、
いろんなことを考えることの出来た、苦しくも楽しい時間でありました。
【おまけ】
今日は節分。
最近急に広がった「恵方巻き」のロールケーキを食べました。
商業主義はもう何でもありですな(笑)
~でもだからこそ何でもある豊かな生活を、我々は送れているのだと思います~
「高校受験案内」を見て、想像する。
2008年02月02日
「高校受験案内」を買った。
現在対応している、あるいは今までに対応してきた生徒が、
どのような高校生活を送っているのかが頭の中に浮かんできた。
想像する時の軸となるものは、やはり自分自身の高校生活である。
私はかつてこのような進学実績・偏差値の高校に通っていた、
だから彼らの通う学校の特色や紹介する言葉、数値から考えると、きっとこんな学校なんだろうな~という具合。
2つ考えたことがある。
1つは、数値だけでは見えない「学校の特色」を知ることが出来て良かったということ。
それは「建学の精神」とか「教育理念」「教育目標」「校風」といったものである。
例えば、あまり大学への受験に力を入れない高校がある。
しかしその高校がいわゆる難関校への大学受験を目的としていない場合、それは当り前のことなのだ。
にもかかわらず「偏差値がある」「有名である」というだけでその学校を選んでしまうと、
本人も親も入学後に苦しむことになる。
「何のための学校なのか」を、学校もそれを選ぶ生徒も忘れてはならないのだと思う。
もう1つは、自分自身の可能性について。
もしも私が本に載っているような高校に進学していたら、どうなっていただろうかということ。
想像が広がる。
もちろん過去は変えることが出来ないし、私は自分の卒業した高校が大好きであるが、
それでも自分の過去にまで踏み込んで分析をし想像していくことは大切だと思う。
うまく言えないけど、
自らを客観視して自分の夢をかなえることと、他者の夢をかなえることは、結局は同じことだと思うから。
(う~ん、ホントにうまく言えてない…)
実行するということ
2008年02月01日
このような本を今まで何冊買って読んだか数えきれない。
同じような内容を、違った本で読み、
その度に気をつけるべきことを、再確認しているのだろう。
でも正直言うと、「ただ読んだだけ」になっていることが、
私には多分にある。
実行することが大切なのに…。
決めた。
新聞広告を見て購入し、内容に関しても全般的に納得しているこの本。
書かれている100の項目を、今日から1日1項目実践していくことにする。
2008年も今日で1月は終わるが、残りは330日。
今年中に3回は読み返し行っていくことで、自分の身に付けることもできるだろう。
もっともっと成長していきたい。
もっともっと成長しなければいけない。